MUGENUP自主制作映画『diff』コラム第5回 「皆が主体的だった『diff』の挑戦。そして得られたもの」
MUGENUP初の自主制作映画『diff』 連載コラム第5回!
MUGENUが初めて映画に取り組んだ『diff』。アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」ジャパン部門の上映作品に選出された本作を、インタビューを通して探る連載コラム、いよいよ最終回!
『diff』公式ページ
https://otterpictures.jp/diff/
「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」公式ページ
https://www.shortshorts.org/2020/
皆が主体的だった『diff』の挑戦。そして得られたもの。
上写真:撮影風景(海の口)
「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」ジャパン部門の上映作品に選出された短編映画『diff』。本作は、イラストや3DCGを手掛ける株式会社MUGENUP内に設立された映像クリエイティブチーム「Otter Pictures」が制作した“自主映画”だ。
企業が中心となって自主映画を制作し、映画祭に出品するという流れは、非常に珍しいもの。しかも、そのメンバーは映像制作のプロたち。なぜ彼らは、オリジナル映画の制作を志したのか? このインタビューでは全4回にわたって、制作の舞台裏や作り手たちの想いを紐解いていく。
最終回となる今回は、企画・プロデュース・編集を担当した西山理彦氏、プロデュースを務めた阿部慎也氏、脚本家の高橋知由氏、撮影監督のシャール・ラムロ氏、そして監督の藤森圭太郎氏の5人に参加いただき、『diff』制作の舞台裏について、深堀りしていく。
藤森圭太郎(ふじもり・けいたろう)
…1985年生まれ。2012年、李相日監督の助監督として映画作品に参加。また、写真家 宮本敬文氏のwhisky studioに参加し、ドキュメンタリーやライブ映像の監督、撮影、編集をつとめる。主な作品に『The DOGGY’s LOOK』(2019)、図夢歌舞伎『弥次喜多』(2020)がある。
西山理彦(にしやま・みちひこ)
…1984年生まれ。CMやVPのほか、伝説的アニメ『The World of GOLDEN EGGS』等の企画・制作に携わり、2013年より株式会社MUGENUPに参加。2017年にOtter Picturesを設立。
阿部慎也(あべ・しんや)
…1984年生まれ。大手プロダクションを経て、2017年よりOtter Picturesに参加。TVCMや多数の広告映像制作でプロデュース等を務める。
高橋知由(たかはし・ともゆき)
…1985年生まれ。映画監督の濱口竜介・野原位と結成した脚本ユニット「はたのこうぼう」のメンバー。『ハッピーアワー』(15)等の脚本を手掛ける。
シャール・ラムロ
…1981年生まれ。東京映画美学校、日本大学大学院を経て、助監督やカメラマンとして多くの作品に携わる。現在はパリ在住。
Otter Pictures公式HP https://otterpictures.jp/
「怖いもの知らず」な現場だった
上写真:藤森圭太郎 監督
Q:藤森監督はこれまで多くの現場に参加されていますが、『diff』のチームはいかがでしたか?
藤森
いい意味で怖いもの知らずでしたね。「まずはやってやろう」みたいな感じで始まった企画ですが、困難にぶち当たっても「とにかく思ったようにやってみよう」と最後までやりきったのは、初めてかもしれません。
高橋
本当にそう思いますね。例えば本作は、俳優さんやスタッフさんのスケジュールを押さえたうえで、撮る時期を変えていますが、普通の企画だったら絶対に無理だと思います。
藤森
こういう企画だからこそ無理を承知でお願いした方もいました。
例えば衣装の小川久美子さんは、李相日監督の助監督をやらせていただいた縁で知り合えたすごい人。当初、この作品は冬の設定でしたが、「冬なのに室内で薄着でいること、それだけで施設の中が暖かい空間だとわかる」といったようなアドバイスもいただいて、目に見えるものだけではない、作品に流れる良い違和感につながっていきました。
高橋
小川さんとご一緒できたのは、うれしかったですよね。あと今回は、予算こそ少ないですが “構え” が大きい映画なので、映っているものがちゃんとしていないといけなかった。そこに対するこだわりはやっぱり自主映画だけ経験してきた人だとわからないので、ビッグバジェットの映画を現場で見てきている藤森さんに助けられた部分は大きかったと思います。
Q:ロケハンに関しても、「もっといい場所があるんじゃないか」とギリギリまで探していたと伺いました。
藤森
みんなが探してきてくれたところを起点に、「何かまだあるんじゃないか?」と一人でトラックに乗って、森の中をさまよっていましたね(笑)。自分が納得するまであきらめないという気持ちでやっていましたし、今回の現場がそれを許してくれる環境だったんです。
上写真:撮影前、朝霧につつまれる軽井沢の森。
異星にいるかのように感じさせる「森の撮り方」
Q:日本でSFをやるのはかなり大変かと思うのですが、藤森監督としてはいかがでしたか?
藤森
世界観をどう作っていくかが、本当に難しい脚本でした。予算があるか、ないかということよりも、この部分が1番高いハードルでしたね。高橋さんは、実際の映像を観てどうでしたか?
高橋
絵を見て日本っぽくなくていいなぁと思いました。こういった森の撮り方ってあんまりないですよね。それはシャールの撮り方もあるのかもしれないけど。
藤森
あぁ、そうかも。ロケ場所を探すとき、シャールが木をすごく見てたよね。
高橋
そういうこだわりが効いていて、我々にとってあんまり馴染みがない、懐かしさを覚えない土地になっているのが面白かったです。
ラムロ
「ここはどこなのか」を分からないようにして、観る人がちょっと混乱してくれるようにしたい、と監督と話をして、じゃあどうすればそういった印象にできるだろうと考えていきました。
構図やカメラワークでもちょっと浮いている雰囲気を出したんですが、一番力を入れたのは「緑(木々)の色合い」ですね。青でもなく、緑でもない。ここは違う惑星かもしれない、と思えるように、色々と調整しました。
上写真:ロケ地となった森は、国立公園に隣接した場所。
藤森
試写に来てくださったカメラマンの方からも、「誰が撮ったんですか?」と聞かれましたね。この作品の撮影はすごく難しかったんじゃないかと思います。撮っているとつい、何かに寄りたくなる(フォーカスしたくなる)ものですが、不思議な世界観を作るために逆にそういう「寄りどころ」を排除してしまったことで、極めてシンプルなロケ地だった。
距離感を保った演技で、どう組み立てていくかは僕自身もすごく大変でしたが、シャールも苦労したんじゃない?
ラムロ
低予算SFの挑戦ですよね。でもすごく楽しかったです。皆さんも子どものころに、学校や家の中を宇宙船に見立てて「違う世界にいる」と想像して遊んだことがあると思うのですが、その感じに近いんじゃないかな。
何度も編集を繰り返して、最終的な形に
上写真:診察室(ロケセット)
Q:本作のテーマでもある「記憶」に関しては、いかがでしょう?
藤森
これは編集が大きいように思いますね。西山さん、いかがでしたか?
西山
目に見えるビジュアル的な部分は皆さんの引き出しの集合体だったから「日本っぽくない」に至ったと思うんですが、「記憶」に関しては、ビジュアルということではなかったです。
今回は、脚本の順番通りにつないでいないんですよね。また、30分とはいえ長尺ものの編集をするのが初めてに近かったので、それ自体がチャレンジであり、多くを学びました。編集の初期段階では単なる親子愛に終わってしまっていましたが、最終的にはもっと複雑なものになっています。それは今回、面白い体験でしたね。
高橋
ラッシュを何度もみんなで観て、そのたびごとに話し合ってつくっていきました。30分の話の中でどういう風に時間的な「記憶」というものが浮かび上がってくるか……これ以上ないくらいに試しましたね。
藤森
演技面でいうと、「主人公は『わかっていない』ほうが面白い」「周囲は感情をあらわにしてはいけない」というようなことを高橋くんと話していた気がします。
上写真:撮影風景(ロケセット)
『diff』に参加して、それぞれが得られたもの
Q:最後に改めて、この作品に参加した思い出や感想を教えてください。
ラムロ
日本でSFを撮ることができたというそれこそがすごくいいことだと思いますね。原作があるわけではなく、オリジナルでここまでいけたことを誇りに思います。
高橋
藤森監督はもともとSFが好きで参加してくれたわけではないし、こだわりが強く見えるけれど、説得すれば聞いてくれる。それによって何が生まれたかというと、みんなが相手の意見を聞いて自分の意見を変える、という動き。
僕は最初、すごく頑固に自分の説を主張していたんですが、監督と話しているうちに柔軟に考えられるようになったし、みんなも様々な意見を取り入れるようになっていった気がします。そういった、プラスの作用がある作品でした。
西山
たしかに民主主義な現場でしたが、みんなが簡単には「うん」とは言わない。そこがあるから、巨匠のスタッフの人たちも「参加してみようかな」と思ってくれたんだと思います。
高橋
たしかに。
藤森
実は先月の頭ぐらいに知らないマケドニアの人から『diff』を見たというメールが届きました。その時に何かやっと「作品」になったんだ、と感じられましたね。
西山
どうやって『diff』を知ってくれたのかはわかりませんが、やはり「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」ジャパン部門の上映作品に選出されたというのは大きかったんだと思います。
今回の『diff』という挑戦は、自分たちの創造性を活かした作品を作って終わりというという目的ではありません。今の映画業界を変えたい、実力があればいいものを作れるんだと「上の世代」に向けて示したい、だからこそ映画祭という場にチャレンジしました。それが「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」で評価され、そして海外からも反響が返ってきたということは、自分たちの試みが少しは認められたのかな、と思います。
これからも、Otter Picturesとしてチャレンジを続けていきたいですね。
上写真:「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2020」
今回が最終回となる『diff』インタビューシリーズ、いかがだっただろうか。立ち上げから制作スタイル、各人の取り組み方に至るまで――今回彼らが見せたのは、新たなチームの形といえる。この動きは今後、映画・映像業界に、何をもたらしていくのだろうか。
現在はそれぞれのフィールドで活躍する彼らが再び組む日を、楽しみに待ちたい。
『diff』コラムシリーズ
第1回 「業界の意識を変えたい――自主映画制作に隠された信念」
第2回 「『diff』を作って分かった、映画制作の未来に必要なこと」
第3回 「自分たちの“創る場”を、作る。『diff』はその狼煙」
第4回 「ショートショートフィルムフェスティバル & アジア2020」レポート
第5回 「皆が主体的だった『diff』の挑戦。そして得られたもの」
聞き手…SYO
ライター・編集者。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画ニュースメディアでの勤務を経て、2020年に独立。各メディアにてレビューやコラム、インタビュー記事の執筆を行うほか、トークイベント・番組にも出演。
HP https://syocinema.jimdofree.com/
Twitter @syocinema